貝沢柳町遺跡(かいざわやなぎまちいせき)

  高崎市貝沢町字柳町にある。井野川と染谷川の合流点の西方約1キロメートルにある自然堤防の西端に立地している。1985年に道路建設に伴って高崎市教委が発掘調査した。方形周溝墓4、埴輪棺2を確認し、4世紀代から6世紀代の墓域であったことが明らかとなった。4基の方形周溝墓は軸線を同一方向に向け、周溝部を接して並ぶ。周溝内に堆積するAs-C層直上から出土した遺物には、幾何学的文様と赤彩で飾られた、いわゆるパレススタイルの壷や瓢形壷がある。弥生時代終末期に東海地方西部の伊勢湾周縁や尾張・美濃南部地域で主に発達を遂げた土器文化の影響が色濃く見られる。また、東海系壷と畿内大和盆地系の壷の要素を併せもつ二重口縁壷などもある。一方、共伴する壷や高坏は、無文化した在来の樽式土器系統の土器の終末期に位置づけられるもので、在来系土器文化と外来系土器文化の伝播と受容の形態を示す資料として注目される。2基の埴輪棺は、円筒埴輪を棺に転用したものである。1号埴輪棺は2本、2号埴輪棺は1本半の埴輪を合わせ口にして棺身にし、それぞれ別の2本の埴輪を破砕して棺身の透かし孔や底部をふさいでいる。埴輪の年代は両埴輪棺とも6世紀前半代と考えられるが、2号埴輪棺には5世紀前半代以降の特徴も見られる。出土遺構はほかに奈良時代や平安時代の竪穴住居5棟、近世の集石遺構1基などがある。出土遺物は高崎市教委に保管されている。〈久保泰博〉

[文献]
◇『貝沢柳町遺跡』 高崎市教委 1986

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