| 市之関前田遺跡(いちのせきまえだいせき) |
| 勢多郡宮城村市之関にあり、大穴川と芳見沢川の合流点右岸に舌状に発達した、標高300メートルほどの台地上に立地する。1987年から1989年にかけて、土地改良事業に伴って宮城村教委が発掘調査した。調査範囲は3万2000平方メートルで、旧石器時代から縄文時代後期、平安時代の竪穴住居や土坑、中世の城館、江戸時代の屋敷などが見つかった複合遺跡である。旧石器時代の石器群をはじめ、多くの点が注目を集めた。旧石器時代の石器は、約1万8000年前の層序から1291点が出土した。野岳、休場型や矢出川技法と呼ばれる剥片剥離技術により製作された南方系の細石刃石器群で、この文化層は県内で初めて見つかったものである。細石器やナイフは長野県和田峠産の黒曜石、掻器、削器などには黒色安山岩や黒色頁岩など在地の石材が用いられ、器種用途による石材選別が確立している。細石器石器群の中では最も古い段階に当たる。
縄文時代の遺構は、住居41(前期8、中期33)、土坑200が見つかった。前期の竪穴住居は台地の平坦面を避け、縁辺部に造られている。規模や形態にそれぞれ差異はあるが、同一時期のものである。中期の住居のうち、立石を中心としたほぼ同心円上に並ぶ加曽利E4式段階の6棟はすべて柄鏡形敷石住居である。いずれも一種の環状集落であるが占地が異なり、単に時期差だけでなく、生業などの要因があると考えられる。平安時代の竪穴住居は1棟だけ見つかったが、板と思われる炭化材に刺された2寸長の折頭釘が32本出土し、板葺屋根の住居であった可能性がある。隣接する土坑の木櫃状炭化物内から炭化米、アワが左右に分かれて出土し、共通する墨書「西」から、屋外貯蔵穴であろうと考えられる。出土遺物は宮城村教委に保管されている。〈細野高伯〉 |
| [文献] ◇細野高伯「市之関前田遺跡」『長野県旧石器文化研究交流会』 1990 ◇『市之関前田遺跡I』 宮城村教委 1991 |