| 板鼻城(いたはなじょう) |
| 安中市板鼻にある。中世から戦国時代にかけての城。本郭櫓台の標高は169メートルある。本郭に向かって交通壕とされる竪堀が螺旋状に配置される「螺郭式」の構造を有する特異な形態の城で、東に小丸田出丸、北西に古城館址(徳定屋敷)、南西の碓氷川に面した断崖上には鷹ノ巣出丸もあり、要衝であったことがうかがえる。本城の築造時期、城主などについては確実な記録はなく、戦国時代に箕輪城主長野業政が後閑城主依田光慶に築城させたという説、箕輪城落城後、武田信玄が築城させたという説などがある。山崎一は文献の検証から最終的には後者の説を採用している。1986年に市道建設に伴って安中市教委が発掘調査した。本郭内堀、東第2郭、西第2郭、西第3郭の一部とこれに付随する堀、虎口などが見つかり、内耳土器、灯明皿、板碑、陶器片(常滑、瀬戸、美濃など)、磁器片(景徳鎮、伊万里など)、古銭(皇宋元寶、洪武通寶など)が出土した。本郭を取り囲む内堀の底面が畝状であったことなど、堀の形状の一部が明らかとなっている。また、縄文時代前期(諸磯b式)の竪穴住居1棟、土坑1基も見つかっている。出土遺物は安中市教委に保管されている。〈大工原豊〉 |
| [文献] ◇『板鼻城遺跡』 安中市教委 1987 ◇山崎一「板鼻城の成立と歴史」『古城遺跡』 安中市教委 1988 |