伊勢ノ木遺跡(いせのきいせき)

  邑楽郡板倉町飯野字伊勢ノ木にある。利根川の北側を並行して東流する谷田川に架かる藤ノ木橋の0.5キロメートルから0.8キロメートル下流右岸の河川敷内に位置する。遺物の散布状況から見ると、遺跡は堤防の西側約200メートルぐらいまで広がる。標高13メートルという低地に営まれた集落で、現水田面との比高はほとんどない。1982年に河川の流路変更に伴って板倉町教委が発掘調査し、古墳時代から奈良時代までの竪穴住居46、土坑墓9が見つかった。この集落の特徴は球状土錘の出土量が極めて多かったことである。最多出土量の竪穴住居は61個体(完形32個体)を数える。土錘を使った網漁が盛んであったことがうかがえる。この地域は低地にあって自然堤防に囲まれているため、以前は河川の氾濫によっていったん入った水がなかなか抜けずに、多くの池沼を造っていた。それらの池沼は魚の生息、繁殖の格好の場となり、種々の漁法が発達したようである。投網のような大規模なものではなく、小河川や中州などを利用して、網で横切ってしまうタテキリ網やオイコミ、サシ網漁などである。そのほかに錘を用いない漁法も盛んに行われていたものと推察する。いずれにしろ、水場にあって漁業は生活上重要な生業であったと思われる。現代以上に古代にあっては水に悩まされ、逆に水を糧に生活していたことがうかがえる遺跡である。出土遺物は板倉町教委に保管されている。〈宮田裕紀枝〉

[文献]
◇『伊勢ノ木・小保呂遺跡発掘調査報告書』 板倉町教委 1985
◇『板倉町史』別巻9 1989

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