石原稲荷山古墳(いしはらいなりやまこふん)

  高崎市石原町字中石原にあり、市街地の南西1キロメートルの観音山丘陵を背にした烏川右岸に立地する。『上毛古墳綜覧』記載の高崎市第173号にあたる古墳で、1980年に宅地造成に伴って高崎市教委が発掘調査した。6世紀末に築造された、直径約30メートルの2段築成の円墳で、凝灰岩切石積両袖型の横穴式石室を埋葬施設とする。石室はN-18.5°-Wに開口する。羨道は、長さ4.7メートル、幅1.05メートル。玄室は石材が抜き取られ、著しく破壊を受けていた。玄室から性別不明の成人骨2体、羨道から男性成人骨1体、性別不明成人骨1体が発見されている。石室前の前庭は台形の平面形である。石室入口前の左側には竪穴式小石槨が造られており、改葬された壮年女性1体が埋葬されていた。また、最終埋葬後に前庭部が完全に埋め戻され、葺石、埴輪が設置され、外見上は基壇と何ら変わりないという特異な状況を呈していた。遺物は、石室から挂甲小札、刀子、鉄鏃、ガラス製小玉および勾玉、しおで、鉄地金銅張雲珠および杏葉、金銅製耳環、紡錘車、「か具」、須恵器坏および蓋、「はそう」、提瓶、土師器坏が出土している。ほかに金糸、銅鋺が出土しており注目される。前庭部からは須恵器高坏、短頚壷、壷、土師器甑が、墳丘上では円筒、人物、馬、靫、盾などの埴輪が出土している。出土遺物は高崎市教委に保管されている。〈田村孝〉

[文献]
◇『石原稲荷山古墳』 高崎市教委 1981
◇田村孝「群馬県石原稲荷山古墳」『日本考古学年報』33 1983

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