石之塔遺跡(いしのとういせき)

  新田郡薮塚本町薮塚字石之塔にある。中原遺跡の北約500メートルに位置する。大間々扇状地と八王子丘陵の縁辺で、江戸時代に岡上景能によって開拓された水田地帯中の微高地上に立地する。1986年に土地改良事業に伴って薮塚本町教委が発掘調査した。東西120メートル、南北100メートルほどの範囲に広がる縄文時代後期、晩期から平安時代にかけての複合遺跡である。縄文時代の土器は、後期の堀之内II式や加曽利B式も出土したが、主流は安行IIIb式である。配石遺構、敷石状遺構、炉状遺構などが見つかった。配石遺構は柄鏡形の敷石住居の一部と思われる。敷石状遺構は、周辺から土版8、岩版7、石製垂飾20、石鏃336が出土していることから、やはり敷石住居と推察される。そのほかの出土遺物として、耳飾100、土偶20、石棒7、石剣5、石錘21、土錘21、石錐48などが出土している。耳飾は千網谷戸遺跡出土のものに酷似しており、また近くに大きな湖沼がないのに石錘類が出土していることから、桐生地方との交流が示唆される。なお、この遺構内から焼けた多量のシカの骨が出土しているが、住居内か外であるかの確認ができなかった。縄文晩期の典型的な遺跡ということができる。出土遺物は薮塚本町教委に保管されている。〈半田勝巳〉

[文献]
◇『石之塔遺跡』 薮塚本町教委 1987

戻る