飯塚新田西・雁田遺跡(いいづかしんでんにし・かりたいせき)

  高崎市飯塚町にある。やや浅い谷状地形の南東端に立地する。1992年に市道拡張工事に伴って高崎市教委が発掘調査した。2面の水田と1条の水路が見つかった。上層の水田は、10センチメートルから20センチメートルほど堆積したAs-Bに覆われていた。南北方向に延びる小さい畦が9あり、この畦から西へ向かう小畦が1、東へ向かう小畦が2あり、水口は3カ所ある。足跡も多数あった。この下層は、榛名山二ツ岳起源の火山泥流層が10センチメートルほどの厚さで堆積し、その下に8センチメートルから10センチメートルの厚さのHr-FAがあって、この直下に水田がある。水田は、磁北に対して北東および北西方向に30°から40°振れた小畦に囲まれ、1区画約7平方メートルから10平方メートルほどの面積である。調査区西側では、洪水砂層の堆積した弥生後期と思われる大型水路が見つかった。並榎北遺跡と並榎北II遺跡でも同時期、同形態の水路が見つかっており、並榎北遺跡から並榎北II遺跡を通り、飯塚新田西・雁田遺跡を通過して南流していた一連の水路であると思われる。出土遺物は高崎市教委に保管されている。〈村井田雅明〉

[文献]
◇『高崎市文化財調査報告』132 高崎市教委 1994

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