荒砥前原遺跡(あらとまえはらいせき)

  前橋市二之宮町字前原、字新土塚にあり、赤城山南麓末端部、荒砥川と神沢川の合流点に形成された舌状台地上に立地する。ローム層を基層とし、台地の標高は73メートルで、周辺の水田面との比高は約4メートルある。1977年にほ場整備事業に伴って県埋文事業団が発掘調査した。縄文時代中期後半の加曽利E3式期の新しい時期を中心に加曽利E4式期まで継続した集落遺跡で、竪穴住居14、埋設土器1、土坑7のほか、弥生時代中期から古墳時代前期の竪穴住居23、古墳、祭祀跡なども見つかっている。遺構は神沢川に面した台地の縁辺に沿って弧状に分布している。加曽利E3式期の竪穴住居は、円形のものが多いのに対して、同E4式期のものは柄鏡形の敷石住居であり、この時期に住居の形が大きく変化することがあらためて分かった。遺物は加曽利E3式土器の変遷や加曽利E4式土器への変化を知るうえで重要な土器群が出土したほか、大型石棒や石剣など呪術性の強いものや、生活必需品である石皿、磨石、打製石斧などが多量に出土した。出土遺物は県埋文センターに保管されている。〈桜岡正信〉

[文献]
◇『荒砥前原遺跡 赤石城址』 県埋文事業団 1985

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