荒砥富士山古墳(あらとふじやまこふん)

  前橋市西大室町にある。『上毛古墳綜覧』の荒砥村第150号墳にあたる。赤城山南麓を流れる西神沢川の右岸台地上に立地する。1991年にほ場整備事業に伴って県教委が発掘調査した。円墳であり、墳丘直径36メートル、周堀を含めた直径は49メートルである。墳丘は4段に構築されており、各段の斜面部には葺石が施されている。埋葬施設は、一部切石を用いた両袖型横穴式石室で前庭を持つ。石室の規模は、全長5.36メートル(羨道長3.00メートル、玄室長2.36メートル)である。各部位の計測値の比から、構築にあたっては30センチメートルを基準とする企画で設計されたことが推定される。残存状況は極めて良好である。輝石安山岩の切石を用いた羨門、玄門があり、それぞれは扉石をはめ込む構造になっている。玄室は平面形が長方形の四隅を切った八角形であり、類例が少ないものである。玄室の構築には輝石安山岩を主に用いているが、要所には角閃石安山岩の切石を用いている。遺物は、石室内からは鉄鏃の小破片、前庭部からは土師器片、須恵器片、銅鋺片が出土している。埴輪はもたない。古墳の築造時期は、出土遺物と石室構造の特徴から、7世紀末の可能性が考えられる。なお、墳丘は発掘調査後1992年に県の史跡指定を受けて保存されており、出土遺物は県教委に保管されている。〈深沢敦仁〉

[文献]
◇『富士山I遺跡1号古墳』 県教委 1992
◇『群馬県の史跡 古墳編』 県教委 1996

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