| 荒砥天之宮遺跡(あらとてんのみやいせき) |
| 前橋市二之宮町字五分一にある。1980年から1981年にかけて、ほ場整備事業に伴い県埋文事業団が発掘調査した。調査は赤城山南麓末端の台地とこの西側を南北に延びる沖積地を対象とし、1万2000平方メートルに及んだ。古墳時代中期から平安時代まで継続した集落が台地全体に展開し、竪穴住居206棟が調査された。B区6号住居から畿内産の暗文土器が出土している。台地末端には4基の溜井があった。掘削時期は7世紀以前である。溜井は河川からの引水が困難な沖積地の開田のために導入された灌漑技術と考えられる。沖積地にはAs-B下の水田がある。出土遺物は県埋文センターに保管されている。〈徳江秀夫〉 |
| [文献] ◇能登健・石坂茂・小島敦子・徳江秀夫「赤城山南麓における遺跡群研究」『信濃』35-4 1983 ◇『荒砥天之宮遺跡』 県埋文事業団 1988 |