| 荒砥島原遺跡(あらとしまばらいせき) |
| 前橋市二之宮町字島原にある。赤城山南麓を流れる宮川の下流左岸末端の台地とそれに接する微高地、その間に挟まれた沖積地に立地する。1980年にほ場整備事業に伴って県埋文事業団が発掘調査した。発掘調査は約1万5000平方メートルに及び、弥生時代から平安時代にかけての竪穴住居66、古墳時代前期の方形周溝墓6、As-Bに覆われた水田18、時期不明の掘立柱建物1、土坑13、溝状遺構13が見つかった。伝統的農耕集落遺跡である。周辺の遺跡との関係から古代農耕集落における居住域と生産域の発展過程がとらえられた。弥生時代の竪穴住居は中期後半の2棟で宮川沖積地に面した地点にある。古墳時代前期の竪穴住居は8棟で、沖積地に近接して造られていた。宮川沖積地が生産域であったと推定される。竪穴住居群の南側には6基の方形周溝墓群があり、墓域となっていた。古墳時代中期から平安時代にかけての竪穴住居は56棟で、台地の内部にその分布を広げている。台地部の土地利用が変化したものと考えられる。As-B下の水田は850平方メートルにわたっており、台地に入り組んだ狭い沖積地に造られた水田で、地形に沿いやや不定形に区画されている。開田時期は不明であるが、集落の動向から考えれば、古墳時代には水田化されていたと考えられる。出土遺物は県埋文センターに保管されている。〈小島敦子〉 |
| [文献] ◇『荒砥島原遺跡』 県埋文事業団 1983 |