| 荒子小学校校庭遺跡(あらこしょうがっこうこうていいせき) |
| 前橋市街地より東へ約7.5キロメートルの赤城山麓の舌状台地上にある。1962年に群馬大学が初めて発掘調査し、奈良・平安時代の竪穴住居数棟が見つかった。その後、1989年に校庭拡張工事に伴って前橋市教委が2回にわたって発掘調査した。同時期の竪穴住居26棟をはじめ、井戸、土坑、溝などが見つかった。第1回調査では、3号竪穴住居の床面直上から、「識」の印文をもつ銅印が出土した。蝋型の印面に直接逆字に彫った蝋型鋳造による古銅印である。また印面の方3センチメートルは当時の1寸に相当し、『貞観格』の「私印は一寸五分を限りとなす」の条文より私印と認められ、姓名のいずれか1字を意味していると考えられる。第2回調査でも、「車」「千」「前酒」などの墨書土器をはじめ、良好な資料が出土している。出土遺物は前橋市教委に保管されている。〈林信也〉 |
| [文献] ◇『文化財調査報告書』第20集 前橋市教委 1990 ◇『荒子小学校校庭遺跡』 前橋市埋文調査団 1990 |