| 愛宕山遺跡(あたごやまいせき) |
| 碓氷郡松井田町松井田字愛宕山にある。碓氷川と九十九川とに挟まれた丘陵地帯の南東緩傾斜面、標高約340メートルのところに立地する。推定東山道の坂本駅と野後駅の間の駅路に至近の場所でもある。1969年に松井田バイパス建設に伴って県教委が発掘調査した。7世紀から9世紀にかけての竪穴住居6棟が見つかっている。中でも4号住居は9世紀初頭ごろの須恵器類、「萬年通宝」および金属製品や石製品など遺物種ぞろえの豊富さから、土器編年上でも個々の遺物の研究上でも注目された遺構である。4号住居は、4.1メートル×4.8メートルの方形の平面形で、竈は東壁隅部に設けられ、床面には遺物群と焼失した建築部材が残されていた。
出土遺物は、土器類に土師器甕破片や坏、須恵器蓋、坏、長頚壷があり、鉄製遺物に鋸、鑿、やりがんな、錐、鎌、「しおで」状金具、小刀、刀子、紡錘車、銅製遺物に帯金具(巡方)、銭(萬年通宝)、石製遺物に紡錘車、砥石、石錘状製品、楔状石製品、木製遺物(炭化)に荷札状木製品、杯などがあり、そのほか布片や炭化した建築用材多数があった。このうち鋸は刃部の背に副木、アーム状の副金、柄木が付き、刃部は前後両挽用の目と横挽用の目が刻まれた細加工用の特殊な形状で、大工道具の歴史上重要な資料とされた。紡錘車は4点あり、2点に小木板が付着し、使用法の解釈をめぐり一考を要する資料が含まれる。小刀は金具を残した鞘や、茎尻を曲げた特色が見られる。銭の萬年通宝は初鋳が760年で、鋳造期間の幅のある和同開珎と比べると出土例の少ない資料である。こうした4号住居の住人は、式制的な帯金具の出土とあわせ、木工と紡織を加えた仕事にたずさわり、地方の官衙に関係したと推定されている。出土遺物は、県歴史博物館、県埋文センターに保管されている。〈大江正行〉 |
| [文献] ◇『群馬県史』資料編2 1986 ◇吉川金次『鋸』 法政大学出版会 1976 |