| 東町遺跡(あずまちょういせき) |
| 高崎市の中心部東町にあり、井野川泥流と呼ばれる榛名山起源の火山性堆積物によって形成された台地上に立地する。この台地は起伏に乏しく地下水位も浅い。1989年から5回にわたって高崎市教委が発掘調査し、As-B下を中心とした水田が見つかっている。1994年の調査では、As-C層の直下から数条の溝が見つかったが、植物珪酸体分析の結果からは、稲作を裏付ける積極的な資料は得られなかった。Hr-FP洪水層下では稲の植物珪酸体が大量に見つかっていることから、ここでの稲作の開始はAs-C降下以後であると考えられる。1995年の調査では、天明3(1783)年の浅間山噴火で被災した水田を復旧した痕跡が見つかった。幅約20センチメートル、深さ5センチメートルから8センチメートルの溝が5センチメートルから10センチメートルの間隔で水田全体に掘られ、この中にAs-Aが詰められている。土層断面の観察では、As-Aの堆積に部分的な層位の逆転が見られるほかは大きな乱れはなく、軽石をかき集めて溝に入れ込んだものではなく、そのまま耕すようにして軽石下の水田土壌を上位に逆転させた結果であると考えられる。溝の造り方は畦を境に違いが見られ、土地の耕作単位ごとに復旧が行われていたことが推定される。出土遺物は高崎市教委に保管されている。〈黒田晃〉 |
| [文献] ◇『東町IV遺跡』『東町V遺跡』 高崎市教委 1995・1996 |