| 足門村西古墳群(あしかどむらにしこふんぐん) |
| 群馬郡群馬町の染谷川東岸にあった古墳群。工業団地造成に伴って群馬町教委が発掘調査し、横穴式石室のある15基の古墳が見つかった。古墳群は大きく2群に分かれ、さらに北側の群は、等高線に沿った空閑地を挟んでA群からD群の4支群に分かれている。各古墳の直径には、7メートル、12メートル、15メートル、20メートルといった規格性が認められ、階層差や単位集団ごとの微妙な力関係を反映するとみられる。石室の平面形は、方形系統、羽子板形、胴張型系統の3者があるが、最終的には方形系統が残り、正方形化に向かっていく。なお、15号墳のように小型石室で大人を伸展葬できない構造もあり、火葬骨埋葬が含まれる可能性がある。出土遺物の大半を占める土器からみると、この古墳群は7世紀後半に形成が開始され、一部8世紀初めまで築造が継続し、8世紀いっぱい祭祀や追葬が継続したと考えられる。祭祀は、各支群の中の特定古墳に偏る傾向が見られ、単位集団ごとの祭祀が最初に築かれた古墳(始祖の墓)の墓前において執り行われた可能性が考えられている。墓域の形成は、まず幾つかの集団が計画的配置のもと数基の古墳を造り、続いて親縁者がそれぞれの横に造墓する。これの連続によりA群からE群の支群が形成されたと考えられる。出土遺物は群馬町教委に保管されている。〈若狭徹〉 |
| [文献] ◇『足門村西古墳群』 群馬町教委 1996 |