阿左美遺跡(あざみいせき)

  新田郡笠懸町阿左美にある。大間々扇状地岩宿面の南北に細長い台地の南端に立地し、小字名から北半を仲地区、南半を元屋敷地区と呼ぶ。仲地区は1954年に阿左美駅ホーム改修中に発見された2棟の竪穴住居を群馬大学が調査したことから知られるようになったもので、この部分は県指定史跡となっている。1981年から11次にわたって笠懸町教委が発掘調査し、縄文時代と中世の複合遺跡であることが分かった。遺跡の主体は縄文時代中期から後期の集落で、遺跡中央部の直径300メートルほどの範囲に竪穴住居や土坑が濃密に分布する。笠懸町教委が調査した資料はすべて笠懸野岩宿文化資料館に保管されている。

 元屋敷地区は1990年から1997年まで5次にわたって笠懸町教委が発掘調査した。岩宿時代(旧石器時代)の石器ブロック、古墳時代の方形周溝墓、平安時代の竪穴住居、江戸時代の屋敷も確認されたが、その主体は中世から近世初頭にかけてである。土坑墓や地下式土坑のほか、堀切、溝、井戸、多数の柱穴などがあり、墓域と城館があったことが分かった。土坑墓は14世紀から17世紀初頭、城館は16世紀末とみられ、同時にあった可能性も考えられる。土坑墓から出土した人骨は県内では数少ない例として貴重な資料である。城館は金山城主由良国繁の重臣藤生善久の知行地にあたり、その時期も善久の活躍と重なることから、藤生氏との関連が考えられる。出土遺物は笠懸野岩宿文化資料館に保管されている。〈萩谷千明〉

[文献]
◇『笠懸村誌』別巻1 1983
◇『阿左美遺跡調査概報』 笠懸村教委 1983

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