秋間古窯跡群(あきまこようせきぐん)

  安中市北部の秋間丘陵中にあり、東西約7キロメートル、南北約3キロメートルにわたって広がる。1990年に安中市教委が窯跡群全体を分布調査した。窯跡の分布する面積は県下最大であるが、密度は吉井町の吉井窯跡群より低い。窯体が確認された例と確実視された例を合わせると約50支群に分けられる。発掘調査は下秋間地区にある八重巻瓦窯を1957年に群馬大学が、東上秋間地区苅根I号、III号窯とII号窯の一部などを1965年に安中市教委などが、実施している。開窯種は須恵器窯で、現状では下秋間地区相水谷津に1支群、吉ケ谷津に2支群があり、7世紀第3四半期と考えられる一群が古い。しかし周辺古墳から出土した須恵器で、7世紀前半ごろの1群中に、秋間製品に見える個体があり、以前にも小規模単位の操業があったと推定される。そのことから7世紀第3四半期ごろを量産初期と推測することができる。量産の下限は9世紀末ごろで、10世紀の展開は微弱である。10世紀代の展開は吉井窯跡群にあるものの、9世紀代には各窯跡群は組織統合されており、須恵器そのものも質的低下があり、高火度焼成、緻密さを必要としない、つまり陶土製を必要としない社会状況も影響してのことである。しかし大型製品である大甕などの個体は陶土製須恵器を必要としていた。出土遺物は群馬大学、安中市教委などに保管されている。〈大江正行〉

[文献]
◇森田秀策「安中市東上秋間瓦窯跡発掘調査概報」『史学会報』32 1966
◇『群馬県史』資料編2 1986

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