藤岡市上栗須(かみくりす)遺跡出土の富本銭(ふほんせん)
発掘情報館資料展示室において一般公開
公開日:平成13年10月13日(土)以後、日曜日と平日(祝祭日を除く)

 富本銭は7世紀後半に作られた日本最古の鋳造貨幣です。富本銭を作っていた工場跡である飛鳥池(あすかいけ)遺跡(奈良県明日香村)の発掘調査成果から、平城京に遷都後の西暦708年に作られた和同開珎よりも古い貨幣であることがわかりました。平成11年のことです。その富本銭が群馬県内で発見されていたことがこのほど明らかになりました。
 上信越自動車道藤岡インターチェンジの約500m南にある、上栗須遺跡のT区6号古墳が富本銭の発見された遺跡です。この古墳は直径9mほどの小さな円墳で、横穴式石室の入り口にある前庭部(ぜんていぶ)とよばれる平坦な場所から1枚の富本銭が見つかりました。発掘調査は今から15年前におこなっています。その当時は富本銭がこれほど重要な貨幣だとは知られていなかったので、古銭としてこれまで保管していました。
今年の7月、保管している金属製品を点検したときに、この古銭が富本銭ではないかと気づきました。そこで、飛鳥池遺跡を調査した奈良文化財研究所に、飛鳥池遺跡の富本銭との比較を依頼しました。その結果、「富」や「本」の文字も、7個の点で表された左右の「七曜(しちよう)」の文様も、飛鳥池遺跡の富本銭とぴったりと重なることがわかりました。
 併せておこなった材質分析でも、上栗須遺跡の富本銭の材質は銅を主成分とし、副次成分としてアンチモンを含む、”銅−アンチモン”タイプの合金で、しかも、飛鳥池遺跡の富本銭に認められる材質的な特徴とよく似ていることも明らかになりました。上栗須遺跡の富本銭が近畿地方で作られた富本銭であることが証明されたのです。
上栗須遺跡の富本銭は縁の部分が欠けているために、現状の大きさは縦が2.0p、横が1.9pです。しかし、「富」「本」の文字と、「七曜」の文様が重なったことから、本来は飛鳥池遺跡の富本銭と同じく直径2.4pほどの大きさであったと考えられます。
 富本銭はこれまでに560枚以上見つかっていますが、そのほとんどが奈良県や大阪府での発見で、近畿地方以外では長野県での2枚があるだけでした。今回の上栗須遺跡での富本銭の発見は、関東地方では初めてで、富本銭の分布領域を大幅に塗り替えるとともに、現時点での富本銭の分布域では最も東にあたります。富本銭が作られたころの都は、奈良盆地の南、飛鳥・藤原の地にありました。都から400qも離れた群馬県での富本銭の発見は、律令国家が成立する時期に上野国(こうずけのくに・当時の群馬県地域のこと)が担った歴史的役割を解明する上で重要な鍵を握る資料といえるでしょう。
 上栗須遺跡の富本銭は発掘情報館資料展示室において一般公開します。公開初日は平成13年10月13日(土)で、以後、日曜日と平日(祝祭日を除く)が公開日です。