天明3年8月5日発生した泥流がこの地を襲いました。
41年前の災害の後に復旧した畑のあとは、むなしくも泥流に埋め尽くされてしまいました。


 天明3年の浅間山の噴火活動は5月から始まり、噴火・鳴動を繰り返して8月5日、昼前に大噴火をおこし、旧鎌原村を土石なだれが襲い、吾妻川に入って泥流と化して流れ下ったのでした。
 果ては、東京湾や銚子沖へ流れ込んでいきました。
 1400名を越す犠牲者を残したといわれます。

● ヒント
 「今から200年前の火山災害の話・上毛かるた浅間のいたずら鬼の押出の被害」として扱えます。
 天明3年の浅間山噴火災害の資料は沢山残されています。
 浅間火山博物館や嬬恋郷土資料館など調べ学習に活用する手段が沢山あります。
 「長野原町誌」をはじめとする、多くの郷土誌や火山研究文献などにも詳しい資料があります。
 進められている天明3年の発掘調査では、降下期日の限定されている軽石の堆積も見られます。