(こうずけこくぶんじあと)
群馬郡群馬町東国分・前橋市元総社町 ・ 奈良・平安時代
 国分寺は奈良時代の中頃、聖武天皇の命により全国に建てられました。僧寺と尼寺があり国分二寺ともいいます。群馬では関越自動車道をはさんで東に尼寺、西に僧寺の跡があります。
 僧寺は昭和55年から発掘調査が行われ、現在、その成果にもとづいて南面の築垣(土をつき固めた塀)や塔・金堂の基壇が復元されて、史跡公園とする工事が進んでいます。
 尼寺は畑になっていて、地表面からその跡を知ることはできません。

■ 見学案内
▽ 車
 関越自動車道前橋インターチェンジから約15分
▽ バス
 JR前橋駅から関越交通バス 金古王塚団地行きまたは群馬温泉行き 妙見前下車 北へ徒歩5分

■ ここがポイント
 国分寺は天平13年(741)の国分寺創建の詔によって、国を仏教の力によって守るために(「鎮護国家」と呼ばれる考え)作られました。地方の古代寺院の中では隔絶した規模をもち、「国の華」といわれて地域の文化・仏教の中心地となりました。
 上野国分僧寺には高さ60mもある七重塔がそびえ、金堂、講堂、中門、南大門など、多くの建物が方約200mの築垣に囲まれる範囲に建ち並んでいました。さらにその周囲には寺院活動を支える諸施設が作られましたので、国分寺の範囲はかなり広大なものでした。
 遺跡からは県内各地で作られた瓦が大量に出土しています。その建設工事は上野国の国をあげての事業であり、その維持・修理にも多大の労力が費やされていたことが分かります。
 僧寺は文献資料や発掘調査の結果によって、平安時代の後期には衰退・廃絶してしまったことが判明しています。寺として続いていたのは、わずか300年間程度でした。

■ もっと知りたい!
 遺跡南側にはガイダンス施設があり、出土した遺物が展示されています。遺跡の解説ビデオを見ることもできます。
〈高井 佳弘〉