(やぎさわしみずいせき)
−北群馬郡小野上村小野子・縄文時代−
子持山の西南麓斜面の標高460m付近に位置します。1977年に小野上村教育委員会が発掘調査を行い、縄文時代の初めごろの竪穴住居1軒が見つかりました。この時期の竪穴住居が見つかるのは珍しく、県の史跡として指定されました。
■ 見学案内
渋川市から高山村に通じる県道渋川・新治線を小野子地区で谷側へ入って約200m。県道脇に案内表示があります。
■ ここがポイント
竪穴住居の平面形は長径5m、短径4.5mのややいびつな円形で、浅い皿状を示していました。床面には柱穴があり、炉はみつかりませんでした。住居内からは関東地方に主に分布する稲荷台(いなりだい)式と呼ぶ撚った繊維を細い棒に巻き付けたものを土器の表面に回転して文様を付けた撚糸文(よりいともん)土器と、中部地方に主に分布する樋沢(ひざわ)式と呼ぶ、細い棒に連続した山形の文様を付けて土器の表面に回転した押型文土器も出土しています。実際の遺構は埋め戻され、現在その上に型取りをした実物大の模型が復元展示され、その近くには当時の生活の復元図や土器の文様の付け方を示すパネルなども添えられています。県内で縄文時代の遺構が現地でいつでも見られる所は他になく、縄文時代の生活の学習には貴重な施設です。
■ もっと知りたい!
この竪穴住居の中からは屋根を支える柱を立てた穴は見つかりましたが、火を焚(た)いた炉の跡は見つかりませんでした。炉は住居の外にあるのがこの時期の特徴のひとつです。
〈飯島義雄〉