(ならこふんぐん)
−沼田市奈良町・古墳時代−

 今は少なくなった古墳時代の景観のなごりが見られる古墳群です。
 かつて奈良古墳群は、地元で「奈良の百塚」といわれるほどたくさんの古墳が集まっていました。薄根川右岸の傾斜地のわずか東西400m、南北200mほどの中に、60基以上の古墳が密集していました。しかし、現在は17基ほどの墳丘が見られるだけです。

■ 見学案内
JR上越線沼田駅から車で約20分

■ ここがポイント
 奈良古墳群は、6世紀後半における榛名山二ツ岳の噴火以後に形作られました。全てが小さな円墳で最大でも直径20m弱、ほとんどが7・8mです。埋葬施設は横穴式石室で自然石を乱石積みしています。墳丘には葺石(ふきいし)が確認されていますが、埴輪はいずれにも見られません。
 発掘調査などでは武器類(直刀、鉄鏃)、馬具類(轡、鐙、杏葉など)、装身具類(耳環、玉類など)が出土しました。杏葉など金銅製馬具の飾金具には毛彫り文様が施され、県内でもめずらしく貴重な資料です。
 以上のことから、本古墳群は7世紀代に形作られたと考えられます。
 山間部のわずかな平坦面に残された古墳群の姿は、さまざまなことを今に伝えています。

■ もっと知りたい!
 奈良イ号古墳 直径9m前後と推定される円墳です。横穴式石室には2体以上の人骨や歯の他に、小刀や玉類が副葬されていました。7世紀前半に造られた古墳です。
 奈良ヤ・ヲ・カ・ワ号古墳 これらの古墳は墳丘がくずれていて全体がわかりません。横穴式石室からは、鉄製の武器類やベルト(か帯)の一部、馬具、玉類などが出土しました。
 出土遺物は群馬大学に保管されています。また、出土品の一部は市重要文化財に指定されています。
〈春山 秀幸〉