(どうやまこふん)
−邑楽郡千代田町赤岩字桜山・古墳時代−
(光恩寺 長柄行光氏蔵)

 利根川の左岸にあり、長さ80m、高さ8mほどの前方後円墳です。2段に土もりされてつくられていて、まわりには堀がめぐり、横穴石室をもっていたと考えられています。
 江戸時代に、石室から金銅装頭椎大刀(こんどうそうかぶつちのたち)という刀などが出土したと伝えられ、埴輪片も見つかっています。


■ 見学案内
東武伊勢崎線川俣(かわまた)駅から約8km、車で15分ほど。

■ ここがポイント
 邑楽・館林地域に残されている古墳の中では最大の前方後円墳です。光恩寺に伝えられている大刀は重要な遺物であり、この地域の歴史を知る上での貴重な古墳です。

■ もっと知りたい!
 近くの八幡(はちまん)神社にある田山花袋の歌碑になっている石が、この古墳の石室の天井に使われていた石と考えられています。また、光恩寺には江戸時代にみつかった金銅装頭椎大刀(こんどうそうかぶつちのたち)などが伝えれれています。また、採集遺物は千代田町教育委員会に保管されています。
 光恩寺には、『堂山伝記』という文書が残されています。これは香天という光恩寺住職が元文二年(1737)書き残したもので、それによれば延宝三年(1675)に発掘がなされたことが記録されています。
 利根川対岸の埼玉県側の古墳群にも、千代田町の古墳群と同類のものがあるともいわれていて、当時の利根川の流れる位置を考えたりすると古墳時代の地形や環境を知ることにもなります。埼玉県側の古墳についての研究との関連も注目されます。
平成10年には発掘調査が行われ、石室の一部が確認されました。
 (堂山古墳の発掘調査のようすが千代田町のホームページに紹介されています。)
<関 俊明>