(ちあみがいといせき)
−桐生市川内町3丁目千網谷戸・新屋敷裏 縄文時代−
(桐生市教育委員会提供) (桐生市教育委員会提供)

 渡良瀬川と山田川に挟まれた、渡良瀬川の河岸段丘上にある日本を代表する縄文時代の遺跡です。大昔に渡良瀬川が流れたあとでもあるため、地面の下30cmから1m50cmには、大きな石がゴロゴロしています。発見された住居跡からは、貴重な遺物が出土しています。多数の土器・土製耳飾り(イヤリング)・垂飾具(すいしょくぐ) (ペンダント)・沢山の動物の骨などが出土しています。特に、石鏃(せきぞく)(石で作った弓矢の矢の先に着けるとがった石器)は1800点以上出土しています。
 出土した遺物の一部は重要文化財に指定されています。


■ 見学案内
 遺跡は現在埋め戻され、見学できる施設などはありません。
 出土した遺物は、桐生市教育委員会が保管していますが、一部の遺物は、群馬県立歴史博物館で展示されています。

■ ここがポイント
 縄文時代の最後の時期の遺跡として有名ですが、同時代中期(5000年位前)から弥生時代中期(2500年位前)・古墳時代(1650年位前)・平安時代(1200年位前)にわたり、長い間人が生活した複合遺跡(ふくごういせき)なのです。
 写真の人形は、高さは17.4cm。縄文時代後期(今から約3000年位前)に粘土で作られた木菟形土偶(みみづくがたどぐう)です。昭和52年に出土しました。特徴として、頭のヘアースタイルが非常に立体的に表現され、今までに知られていた土偶のヘアースタイルとも違っていることが特徴です。このころのヘアースタイルを復元するのに重要な遺物です。このほか全体にわたり立体的に表現され、耳には耳栓を着け、体は女性を表現しています。
 写真の耳飾りは、大型漏斗状透彫り耳栓(おおがたろうとじょうすかしぼりじせん)と呼ばれています。直径9cm余り、高さ4cm弱の大きさをです。厚さは1〜2mmで非常に薄く、場所によっては1mm以下の厚さで、とての精巧に作られています。重要文化財に指定されています。

■ もっと知りたい!
 現在までに28回の発掘調査が実施され、25軒以上の竪穴住居跡(家の跡)を初め、多くの生活した跡が発見されています。特に出土遺物が優れていた2軒の竪穴住居跡の遺物は、重要文化財に指定されました。
 この遺跡を特徴付ける遺物に、耳栓(粘土で作られたイヤリング)と石鏃があります。耳栓は総数185点以上が出土しています。
 このほか、岩板(柔らかい石に色々な模様を彫ったもの)も発見されています。岩板は東北地方に多い遺物で、東北地方との交流を裏付ける遺物です。
 骨角器(動物の骨や角で作った道具)や沢山の動物の骨が出土しています。
 発見された動物の骨は、食料になった動物です。残された骨から、シカ・イノシシが主で、クマ・サル・キジなどの骨が出土しています。イノシシの中には、「ウリンボ」と呼ばれる、子供のイノシシの骨が多く発見されています。当時の人も、生きていくために、捕まえやすい動物を食料にしていたようです。
 発見された動物の骨から、当時生息した動物と明治時代の様子と余り変化がなかったこともわかりました。
<木津博明>