(おふじやまこふん)
−伊勢崎市安堀町・古墳時代−
(群馬県立歴史博物館提供)
関西の大王の古墳と同じ形の石で作られた棺があることで有名な前方後円墳。
後円部の上にある神社のわきに、現在その石棺はおかれています。
この石棺は他の古墳から運ばれたという言い伝えもありますが、1981年の調査ではこの古墳のものである可能性が極めて高いと考えられています。
■ 見学案内
両毛線に乗って、前橋から伊勢崎に向かうと、向かって左側の窓にこんもりとした小山が目に飛び込んできます。
この小山がお富士山古墳です。
電車ではあっという間に通り過ぎてしまうので、車や自転車で行ってみましょう。
すぐ近くには伊勢崎の北部環状線の広瀬川を渡る橋がありますから、その上から見ると全体がよく見渡せます。
また、後円部の上には神社があります。
そのわきに石棺が屋根をかけられておかれているので探してみてください。
■ ここがポイント
「長持形石棺(ながもちがたせっかん)」これがこの古墳にある石棺の名前。
「長持」というのは今ではあまり見ませんが、服などを入れておくための、ふたのある長方形の大きな箱のことです。
その形によく似ていたのでこのような名前がつきました。
この形の石棺は関西の大王墓クラスの古墳に使われたもので、このことはこの地域に関西の古墳文化を直接に受け入れていた。首長がいたことを想像させます。
■ もっと知りたい!
お富士山古墳のある周辺は、本古墳を中心に市内でも有数の古墳群を形成していました。
しかし、現在では開墾されてしまい確認できません。
1981年に国立歴史民俗博物館で石棺のレプリカ制作に伴う型取り作業に際して調査を行い、古墳が作られた年代と、石棺の年代がほぼ一致することから、お富士山の石棺である可能性が極めて高いと報告されています。
この時型取りされたものが国立歴史民俗博物館の第1展示室の「前方後円墳の時代」コーナーで展示されています。
<長沼 孝則>