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| 神保植松城復元図 |
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それでは、もう一度神保植松城の復元図を見てください。建物のまわりに堀が掘られているのがわかりますか?この復元図は昭和62年から行われた発掘調査の結果をふまえてつくったものです。神保植松城は存在が知られていましたが発掘調査が行われたことでたくさんの成果をあげることができました。 |
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それではここで、少しお城のつくりについて説明します。
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堀(ほり)・・・敵の侵入(しんにゅう)をふせぐためにつくるもので、人工的にほったり、自然の川や湖を利用したりしてつくられました。水のあるものは水堀、ないものは空堀(からぼり)と言われます。
土塁(どるい)・・・土を盛り上げて造った土手のようなもので、外から見えにくいようにするものです。腰くらいの高さの低土居と、180cm位より高い高土居があります。
郭(くるわ)・・・曲輪(くるわ)とも書きます。山の斜面(しゃめん)をけずり、けずりとった土を前に盛ると一つの区画ができます。その区画のことを郭といいます。建物が建てられているところです。後には「丸」というようになります。
虎口(こぐち)・・・城の出入り口のこと。もとは、小さく口をあけること(小口・・・こぐち)でしたが、今はその形が虎の口ににていることからこの字がつかわれるようになりました。一番先に敵に攻められる場所であり、攻め出る場所もあるので様々な工夫をして注意深く複雑につくられるようになりました。 |
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