古墳時代の水田 平安時代の水田
古墳時代の水田 平安時代の水田

 上の2枚の写真は、上滝榎町北(かみたきえのきまちきた)遺跡の同じ場所の水田を撮ったものですが、左の写真が古墳時代の中頃(今から約1,400年前)で、右が、平安時代の終わり(今から約900年前)です。500年の間に、水田の形が大きく変わっているのがわかると思います。
 古墳時代の水田は、大きなアゼや水路に囲まれた中を、一辺が1.5〜4mの非常に小さい区画に区切って作られています。
 平安時代の水田は、大きなアゼや水路で囲まれた中を、一辺が5〜20mのやや大きな区画に区切って作られており、大きなアゼは、東西・南北を向いています。この時期の水田は、古代の土地制度である、「条里制」(じょうりせい)に関係しているとされています。大きなアゼの中の小さな区画は、きれいな長方形をしているのもありますが、形がくずれているものも多くあり、細かいところまで条里制にしたがっているわけではありません。