−群馬の国分寺と古代社会 高井研究員・大塚研究員−
 今から1250年ほど前、日本の各地に「国分寺」というお寺が建てられました。
そのころ、群馬県の地域は「上野国(こうずけのくに)」と呼ばれていたので群馬に建てられた国分寺は「上野国分寺(こうずけこくぶんじ)」といいます。

 
国分寺復元図(群馬県教育委員会提供)
国分寺復元図(群馬県教育委員会提供)

  お坊さんのお寺(僧寺:そうじ)と、尼さんのお寺(尼寺:にじ)がセットで建てられました。
 前橋市元総社町と群馬町東国分にまたがって僧寺と、すぐ近くに尼寺があります。
 僧寺には、りっぱな七重の塔が作られていたそうです。
 上野国分寺は、奈良時代の群馬の、学問や文化の中心だったそうです。
 群馬の国分寺について、高井研究員と大塚研究員に聞いてみました。

国分寺ってどういうお寺?
なぜ国分寺が作られたの?
上野国分寺はどこにあったの?
どういう建物が建っていたの?
国分寺は、どんなふうに作ったの?
国分寺はいつごろなくなってしまったの?
今、国分寺はどうなっているの?