今から約1250年昔。当時の都・奈良に大仏が作られたころ、日本全国に国分寺というお寺が作られました。
そのころの日本は60くらいの「国」に分かれていました。その国ごとに作られたお寺なので国分寺といいます。群馬県は「上野国(こうずけのくに)」と呼ばれていましたので、群馬の国分寺は上野国分寺と呼ばれます。国分寺には男のお坊さんの寺である「僧寺(そうじ)」と、女のお坊さんの寺である「尼寺(にじ)」があり、あわせて国分二寺ともいいます。