縄文人が川や沼で捕まえた、魚の骨が、太田市の間之原(あいのはら)遺跡から見つかりました。見つかった骨は、淡水産(川や沼にすむ)のウグイ・フナ・ドジョウ・ウナギなどです。他にも、遺跡からは見つかっていませんが、利根川を遡上(そじょう)するサケ・マスなども食べていたと考えられています。 |
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どんな貝を食べたのだと思いますか? みなさんは、『貝塚』って知っていますか?貝塚は、縄文時代のゴミ捨て場で、貝殻・土器・動物の骨などがつもってできます。その貝塚が海なし県「群馬」にもあります。今から6,000年ほど前の縄文時代前期に、気候が暖かくなり、鶴のくちばしの付近まで海が入り込んできたのです。これを縄文海進といいます。板倉町の離山貝塚、寺西貝塚では、海の水と川の水が混ざる場所に生きる、ヤマトシジミを中心に、ハイガイ、アカニシ、シオフキ、ハマグリ、カキなどの貝が発見されています。 自然からのおくりものを大切にいただく! 縄文時代の人々は、春〜夏はワラビなどの山菜、秋はドングリなどの木の実、サケ・マスなどの魚、冬はシカ・イノシシなどと・・・それぞれの季節に応じた食料をとっていたのです。 そして、驚くことに、縄文人は、食料がなくなったときのために食料を保存(たくわえる)する工夫も行っていました。貯蔵穴には木の実をたくわえ、動物や魚の肉は、干したり、蒸したりして保存がきくようにしていました。 このように、縄文人は、季節ごとの自然からのおくりものを大切にいただいて、暮らしていたのです。 コラム 千網谷戸遺跡のイノシシの骨を調べてみると、メスと子供が多いことがわかりました。普通は、イノシシが絶滅しないように(自分たちの食料がなくならないように)、メスや子供は捕らないのですが、この地方に、何か差し迫った食糧事情があったのかもしれません。(今から約3,000年前) |
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