日本で、米作り(農耕)が始まったのは、弥生時代からです。群馬の縄文時代の人たちは、何を食べていたのでしょうか?
 いっしょに、考えていきましょう!

神保植松遺跡の縄文土器
神保植松遺跡の縄文土器
 右の写真の土器の上の方についている動物はなんだかわかりますか?
 よーく見ると、豚の鼻のような形をして いますね。そうです!
 これは、縄文時代のイノシシの顔を表し ているのです。
 この土器は「イノシシがたくさんとれますように!食べ物がいつまでもなくなりませんように!」と縄文人が願いを込めて作ったのかもしれませんね。

 群馬の縄文時代の遺跡では、縄文人が狩りをしてとらえた、イノシシやシカの骨が発見されることがあります。桐生市の千網谷戸(ちあみがいと)遺跡の住居の跡からは、たくさんの動物の骨が見つかりました。イノシシやシカが圧倒的(あっとうてき)に多いのですが、他にもツキノワグマ、サル、キジ、ヤマドリの骨もありました。
 また、吾妻郡長野原町の石畑岩陰(いしはたいわかげ)遺跡でも、イノシシ・シカ・ツキノワグマ・キジの骨が見つかっています。
現代人も豚、牛、鶏などいろいろな動物の肉を食べますが、縄文人は、現代以上に、いろいろな動物の肉を食べていたのですね。