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群馬県は、日本の中でも古墳が多くつくられた地域の一つです。昭和10年の調査で県内に8423基の古墳があったことが知られています。その後、新しく発見されたものも加えると、群馬県には、かつて1万基以上の古墳があったと思われます。
これらの古墳は、地域の豪族(ごうぞく)や有力者の墓(はか)として古墳時代を通じてつくられました。ただ、400年を越える長い間につくられたので、古い時期につくられた古墳と新しい時期の古墳をくらべると、さまざまな点に変化があります。また、古墳をつくった人々の勢力のちがいも、それぞれの古墳にあらわれています。
古墳は、土や石を積み上げてつくられています。大きな古墳をつくることのできた豪族や有力者ほど、大きな勢力を持っていたと考えられています。
群馬県で一番大きな古墳は太田天神山古墳、長さ210mの大きさです。また、前橋市荒砥二之堰(あらとにのせき)遺跡では直径10から20mの円墳が20基ほど肩を寄せ合うようにつくられていました。
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| 太田天神山古墳(太田市教育委員会提供) |
荒砥二之櫃遺跡の古墳群 |
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古墳の形は、上から見た平面形の違いからいくつかの種類に分けることができます。円墳、方墳、前方後円墳、前方後方墳、帆立貝式古墳、八角形墳などがあります。
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| いろいろな古墳の形 |
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その数が最も多くつくられたのは円墳で、古墳時代を通じてつくられました。ただ、なんといっても日本の古墳を特徴づけるのは前方後円墳でしょう。 前方後円墳は、近畿地方の大和(今の奈良県)を中心に、後に大和朝廷をつくりあげた勢力がとりいれた古墳の形です。そして、地域の豪族や有力者に許された最高ランクの墓の形と言われています。 |
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