遺跡はむかしの人が生活していたところです。
だから遺跡のあるところは人々の生活と深い関係があります。
その関係がどんなものかがわかると、遺跡がどうしてそこにあるのかがわかってきます。
 私は大間々扇状地(おおまませんじょうち)というところを歩いてみたことがあります。扇状地というのは、山地から流れ出した川が形作った扇子(せんす)の形をした小高い地形のことです。大間々扇状地は、大間々町を中心にして伊勢崎市と太田市を結ぶ円をかいた範囲になります。その台地の南には、わき水のある池がいくつもあります。
 この池のそばで私は縄文土器をみつけました。
 獣(けもの)をとったり、木の実をとったりしていた人々が住む縄文時代の遺跡は、どうもわき水の池の周りにあるらしい・・・
と気がついたので、地図にわき水の池と縄文時代の遺跡の位置をマークしてみました。
 こうすると、わき水の池のそばに縄文時代の遺跡があることがよくわかります。縄文時代には井戸はありませんでした。きっと池の水やそこから流れる小川の水を飲み水にしていたんでしょうね。だからここに縄文時代の遺跡があるのです。

大間々扇状地の南端の地図です。水色に塗ったわき水の池の近くに縄文時代の遺跡があります。池から流れる小川の近くにも遺跡があります。

大間々扇状地の南端の地図です。
水色に塗ったわき水の池の近くに縄文時代の遺跡があります。
池から流れる小川の近くにも遺跡があります。