−銅鋺と模倣土器 奈良、平安時代 神谷研究員−

 埋文事業団の研究員、神谷佳明さんは、古代の土器を研究しています。
 発掘調査では、奈良時代や平安時代のムラの跡がたくさん見つかります。
 神谷さんは、そうしたムラで使われていた焼き物の「うつわ」を注意深く観察してきました。
 発掘情報館の展示室で担当したのは、古代の人々があこがれた「うつわ」の展示です。

発掘情報館の展示風景:銅鋺
発掘情報館の展示風景:銅鋺

 古代の土器、特にお茶碗形の土器をたくさん見てゆくうちに、普通の土器とは、ちょっと形が違うものや、内側に暗紋(あんもん)という変わった模様がついている土器があるのに気がつきました。
こうした土器は、朝鮮半島から伝えられた、銅製の「おわん」形のうつわ、銅鋺をまねて作ったもののようなのです。
 銅鋺の形をまねしたり、銅鋺に光が当たったときに見える光の線をまねた模様を付けたりしているわけです。


 神谷さんが調べてみると、群馬県では、古墳時代の後半から奈良時代にかけて20個以上の銅鋺が見つかっていることがわかりました。
 さびて、細かいかけらになっているものが多く、残念ながら、昔の輝きは残っていません。
 神谷さんは、銅鋺のかけらを分析して、昔と同じ材料で銅鋺を複製しました。
 情報館の展示室にある、金色に輝くうつわが、その銅鋺です。

 古墳時代の銅鋺は、高崎市の観音山古墳や観音塚古墳など、特別な有力者の墓からしか見つかりません。
 金色に輝く、異国のうつわです。
 ものすごく貴重な宝物だったのでしょう。
 奈良時代近くになると、より小さな古墳などからも見つかりますが、普通の人にとっては、高嶺の花だったことに変わりありません。
 あこがれのうつわだったのだと思います。
 だから、これをまねした土器がたくさん作られたのでしょう。


 銅のうつわと、これをまねした土のうつわ。発掘情報館では、古代人のあこがれが形になった、二つのうつわが見られます。
 ぜひ見に来て下さい。

 神谷さんのくわしいお話はこちら