| −縄文高床建物− | |||||||
発掘調査で掘立柱(ほったてばしら)の構造物があったことがわかるのは、柱穴(はしらあな)がみつかったときです。それが規則正しくならぶことで構造物があったと判断するわけです。柱穴が一つ見つかり、対応するものが見つかりだしてくると、発掘調査にたずさわる者は誰でもわくわくしてきます。それが、深さ2メートルもある大物(?)の柱穴だったりしたらなおさらです。 そんなこんな・・・。 富山県の桜町遺跡では、縄文時代の建築部材とそれに対応する柱穴があわせて出土しました。しかもその建築部材を検討していくと高床建物(たかゆかたてもの)を復元できるだけの加工法の種類がでそろったというのです。最古の木造建築で知られている法隆寺の建築に用いられていた多くの木材加工技術と同じ手法が、縄文時代の高床建物にも使われていたというのですから、これは驚きです。そして、それは、「最古の木造建築」と歴史の学習で知らされていた法隆寺の例よりも2500年も遡るのです。
富山県小矢部市に復元されている高床建物の模型を作製しました。発掘情報館に展示しています。現代建築技術の原点はすでに縄文時代にあったというのです。現代の豊かな生活を考えるときに学校教育の中でいわれる〈技術の役割とものづくり〉を学習する好題材になると考えました。〈環境保全・省資源と技術との関係〉という新しい課題の解決も縄文人の知恵に授かれたらいいですね。 また、貸出し用の組立式教材模型(10分の1)もあります(製作は、思ったよりも苦労しました・・・)。 |
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