渡腮仕口の施された部材
渡腮仕口の施された部材
(小矢部ふるさと歴史館展示より)
 「継ぎ手」や「仕口」の部材の加工方法のうち、「渡腮(わたりあご)仕口」と呼ばれる加工方法は、607年に創建された法隆寺で最古の使用例が認められています。なんと、その加工がなされた部材と6本柱の高床建物のプラン(柱穴)が縄文時代の遺跡から発見されました。
 
復元された高床建物(クロスランド小矢部)
復元された高床建物(クロスランド小矢部)
それは、富山県の桜町遺跡でのことです。4000年もの間、洪水層の下で、水や砂に浸った状態にあったことがこの発見につながりました。
出土した部材をみると「渡腮(わたりあご)仕口」「通しほぞ」「包込(つつみ)ほぞ」「相欠(あいか)き」「貫(ぬき)穴」など今日の木材加工の手法に用いられているものが使われていたことが分かってきました。これらの部材加工法を用いて軸組図が分析され、高さ6メートルもの復元高床建物が小矢部市で復元されました。
また、部材の多くはクリが用いられています。現在も民家建築の土台や線路の枕木に使われてきたように、クリには灰汁(アク)が強く腐りにくい性質があります。縄文人たちはわれわれの想像をはるかに越える技術力を持ち、用途に応じて材を使いこなす知恵をすでにもっていたのです。