埋文事業団の研究員、石守 晃さんは、楽器を研究しています。発掘情報館の展示室では、原始・古代の音の展示を担当しました。
音は形を残さないので、発掘調査をしても見つけることができません。そこで、石守さんは「音の道具」を調べることにしたのです。
情報館の展示室には、縄文時代の笛やたいこの音が響いています。

音楽の始まりは、よくわかっていません。
石器を作るときに、石を打ち合わせた、その音がリズムを作っていった。
そんなことが音楽のはじまりなのかもしれない、と考えています。
縄文時代には、土で作った笛や鈴がありました。
情報館の体験学習室でも、縄文人と同じような土笛や鈴を作ることができます。ぜひ試してみてください。
弥生時代になると、音階を出せる笛ができました。
弥生時代というと思い出す「銅鐸(どうたく)」も、音を出す楽器でした。
群馬では、ごく小さな銅鐸形のかねや、それをまねした土製品が見つかっています。
音楽の始まりは、よくわかっていません。
石器を作るときに、石を打ち合わせた、その音がリズムを作っていった。
そんなことが音楽のはじまりなのかもしれない、と考えています。
縄文時代には、土で作った笛や鈴がありました。
情報館の体験学習室でも、縄文人と同じような土笛や鈴を作ることができます。ぜひ試してみてください。
弥生時代になると、音階を出せる笛ができました。
弥生時代というと思い出す「銅鐸(どうたく)」も、音を出す楽器でした。
群馬では、ごく小さな銅鐸形のかねや、それをまねした土製品が見つかっています。
古墳時代には、埴輪が持っているものの中に、いろいろな楽器が見られます。
伊勢崎で見つかった琴をひく埴輪は、とても有名です。
群馬町の三ツ寺Ⅰ遺跡からは、琴の部品や、スリザサラという楽器が見つかっているそうです。
古墳時代の馬の飾り金具には、金属の鈴を付けたものがあります。
鏡のまわりに鈴を付けた「鈴鏡(れいきょう)」も見つかっています。
これは、音楽のためだけにつくられた「楽器」というより、音を出すことのできる道具「音具(おんぐ)」であったのでしょう。
情報館の展示では、いろいろな音と、その道具を並べてみました。
どんな音が聞こえるのか。ここでもちょっと紹介しましょう。
笛の音
銅鐸の音
鈴の音
太鼓の音
情報館では、鈴や太鼓、銅鐸を使って、実際に音を出してみることもできます。
あなたにも、石守さんの演奏と同じ音が出せるでしょうか?
ぜひ体験しに来てください。

【音楽のはじまり】
文字からすると、楽器は“音楽”の“道具”ということになります。それでは音楽とはなんでしょうか?何冊か本を見てみると、「メロディー」や「ハーモニー」、「リズム」や「芸術性」という言葉が並んでいました。けれど、生まれたばかりの音楽を説明するのには向いていないように思いました。
もちろん、音は生まれるとすぐに消えてしまうという性質を持っていますから、一番最初の音楽がどんなものだったかは分かりません。でもいろいろな本を読んでいるうちに、たとえば旧石器時代の人が石器を作ろうと石を打ち合わせていたとき、石器づくりより音を出す方がおもしろくなってリズムよく石をたたき始めたとき、音楽が始まったんじゃないかなと思ったのです。つまり音を出したりリズムをきざもうと思って、声を出したり何かを使って音を出したときに音楽は生まれたんじゃないかなって考えたんです。
縄文時代の土笛(つちぶえ)
群馬県では縄文時代の土鈴は出土していませんが土笛が4点ほど出土しています。
上の左側の写真は、太田市上遺跡(かみいせき)出土の土笛です。これに近い形のものが山梨県の釈迦堂遺跡(しゃかどういせき)から出土していて、2万ヘルツという人間には聞こえない高い音が出たそうですので上遺跡の土笛は犬笛だろうと考えられています。
右側のものは富岡市南蛇井増光寺遺跡(なんじゃいぞうこうじいせき)出土の土笛です。小さめの土笛ですが、長野県茅野市(ちのし)の井戸尻遺跡(いどじりいせき)出土の土笛に近い形で、山梨県から長野県南部に見られる土鈴といっしょに作られていたものの一つだろうと思います。吹くとやや低いピーッという音を出すことができます。
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| 上遺跡出土土笛 | 南蛇井増光寺遺跡出土土笛 |

銅鐸(どうたく)
弥生時代に入ると銅鐸や陶けんという卵形の土笛、琴(こと)などの楽器が出てきます。残念なことに銅鐸は静岡県より西の地域、陶けんは中国地方から近畿地方の日本海ぞいでしか出土しないものですし、琴の出土例もありません。
わずかに群馬県では手のひらに乗るような小型の小銅鐸が新田町の中溝・深町遺跡(なかみぞ・ふかまちいせき)から、それを似せて作った土製品が太田市の成塚石橋遺跡(なりづかいしばしいせき)から出土しているに過ぎません。また伊勢崎市の西太田遺跡(にしおおたいせき)からは球形で角のついたような形の土笛も出土していますが、形から縄文時代の土笛である可能性があります。
古墳時代の楽器
群馬県の古墳時代の楽器は埴輪の中に見ることができます。埴輪によって琴、太鼓(たいこ)、四つ竹というカスタネットのような楽器があり、演奏されていたことが分かっています。しかしこれらの楽器そのものは見つかっていませんでした。
ところが昨年(2000年8月)になって三ツ寺I遺跡出土の木製品の中に琴の破片のあることが分かりました。龍角(りゅうかく)という弦(げん)を掛けるところの破片です。このころの琴は板一枚のもの、幅のせまい棒(ぼう)のようなもの。そして板の下に音を響かせるための箱のついたものの三種類がありましたが、この破片は箱のついた琴の破片です。上の写真は同じ三ツ寺I遺跡出土の木製品で、スリザサラです。棒の刻みのところをササラ子という先がばらばらになった道具でこすって音を出します。
古墳時代の鈴(すず)
群馬県でも古墳時代より後の時代、鈴が出土しています。一つは土鈴、もう一つは馬具や鏡に付けられた金属製の鈴です。鈴をつけた馬具は馬が動くたびにシャンシャンと音を立てます。鈴鏡(れいきょう)は巫女(みこ)が腰に下げていたようで、舞うたびにシャン、シャンと音をたてたことでしょう。しかし、これらは音を出すためだけに作られたものではないので音具としてあつかっています。
土鈴は後田遺跡から出土した土鈴のように縄文時代の土鈴に似たものもありますが、金属製の鈴をまねして作ったものが多いようです。そしてこの時代の鈴の鈴口は大きく切られています。そして素焼きでうす茶色の土師器(はじき)の土鈴はくぐもった音がして、窯(かま)で焼かれた灰色の須恵器の土鈴は金属質の音がします。
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| 多比良追部野遺跡出土の土鈴 | 後田遺跡等出土の土鈴 |