歴史を紐解く

発掘情報館授業のためのヒント集

ちょっと気になる粉食の話    吾妻・東村立東小学校

平成14年度の完全実施に向けて、吾妻郡東村立東小学校では各学年が「東村のよさを知ろう」というテーマで、総合的な学習の時間(以下、総合学習)に取り組んできました。
担任の高橋先生と6年生の26人は「東村の歴史と食べもの」というサブテーマで東村の『伝説』 『お祭り』 『神社』 『建物』 『自然史』 『農業』を調べる班をつくって地域の調べ学習に取り組みました。
そのうちの農業班は「ソバとうどんの作り方」や「コムギやソバはどのように栽培されているのか」という地域へのアンケートをきっかけに地元の農家やお年寄りを訪ねました。そのうちに「東村ではいつからムギやソバがつくられているんだろうか」という疑問が生まれてきました。
そんなきっかけから、「ちょっと気になる粉食のはなし」という内容で、郡内の発掘調査で見つかったおよそ500年前のコムギやオオムギを紹介することになりました。その他に一緒に出土した中世の石臼、茶臼、鉄鏃を授業で見てもらいました。その内容は次の通りです。

寄居城高台あとの中学校(東かるた)
ムギが見つかった中世という時代の東村のことを〈東かるた〉で関連づけようと考え、かるたの絵札を提示しました。かるたの学習効果はすごいです。生徒は瞬時に読み札の〈読み〉を口にしました。
「東村のものではないけれど、東村では寄居城や柏原城があったといわれる時代のムギだよ」ということで、500年前の地域の歴史と時代性も考えてもらえたでしょうか?
出土したムギ
囲炉裏の中で炭化して残ったコムギ
長野原町の遺跡から出土したムギは、囲炉裏の中の灰からふるいだしたもの。種実同定という作業で、何の種かを特定したものです。他にもオオムギ、サンショウ、ウメ、スモモなどの栽培植物の種実が確認されました。囲炉裏を囲んだ中世の食卓が見え隠れします。
生徒たちは実物のコムギの粒を見るのがはじめてなら、500年前の囲炉裏の中で炭化して残ったコムギを見るのも当然はじめて。「よく見てもただの炭の粒みたいだって?そうです。囲炉裏で炭になったから、現在まで残っていたのですから。」東村でもおそらく同じように栽培されていたことでしょう。
中世の石臼・茶臼
 
発掘調査では当時の石臼が見つかっています。研究者によると、江戸時代以降の石臼と中世の石臼は、様子が異なるようです。
東小では、粉挽き体験で使用する今日まで使われてきた石臼と出土した中世の石臼を見比べてみました。中世の石臼は、片減りしていたり、石臼の目(溝)の切り方が不規則だったりします。
また、茶臼は茶を抹茶にするときに使ったといわれる臼ですが、火薬をつくるときの木炭を細かく挽いて粉末にするために用いられたということを指摘する研究者もいます。どうもただの臼ではなさそうです。真っ二つに割られて離れた場所に捨てられているのも何か訳があるらしいです。
出土した中世の茶臼(左)と石臼
石臼については、三輪茂雄先生という人の研究が知られています。(『粉と臼』1999大巧社)
ムギとソバの種
「これがコムギの粒か」
コムギとソバの種を生徒のみんなに配りました。コムギは口に入れてかんでいるとガムみたいなものが残ります。これがグルテンといってコムギに含まれるタンパク質で、うどんなどにするときの粘り気のもとです。みんなで口に入れてみました。教頭先生も「昔、口一杯に入れてガムみたいにしたことがあるなあ。」とおっしゃっていました。
コムギを粉にしてつくるうどんですが、室町時代にはすでに今日のような食べ方がされていたそうです。「切り麦」と呼ばれ、あついまま食べるのを「あつ麦」、冷たいのを「ひや麦」と呼んでいたそうです。当時は粉にするのは大変手間のかかることで特別の日の食べ物とされていたようです。
「そばがき」という食べ物を知っていますか?ソバ粉にお湯を注いで食べる食べ方です。ソバに含まれているタンパク質は水やお湯にとけるただ一つのものなのだそうです。つまり、ソバ粉と水があれば、熱を加えなくても食べられるというのです。反対に小麦粉などのタンパク質は水には溶けないので、熱を通してタンパク質を消化しやすくするのです。加熱しないで食べると下痢してしまうというわけです。ソバは江戸時代までは麺ではなくて、こうやってお湯を注いで食べられていたそうです。いってみればインスタント食品というところでしょうか。修験者たちが持ち歩いて食べていたという話も聞きます。
みんなで石臼を使って粉挽き体験
「石臼は、左回りに使うように溝が切られています。
一回に3?4粒を入れて廻して・・」
話を聞いた後は、「みんなで石臼を使って粉挽きをやってみよう」ということで石臼を使って粉挽きを体験してみました。石臼が家にある生徒も3人いましたが、だれも使うのははじめてでした。5年生の時に国語の教科書で「石臼の歌」というのがあったね、と思い出しながら、みんなでソバの実を挽いてみました。最後にふるいにかけてみると、きれいな粉が挽きあがりました。ソバの一番粉は真っ白でした。
このHPの〈古代人に学ぼう・こなひきがしてみたい〉にも解説があります。
ソバ打ちに挑戦
手つきもなかなかいいでしょう?
総合的学習の最後のまとめとして、全員でソバとうどんつくりに挑戦しました。
取材に出かけた地元のお年寄りに、今度は地域人材として協力してもらいました。お年寄りの手際の良さにみんなで感心しながら作業はすすめられました。
さすがに、農業班のうどんを調べたメンバーは、誰の力も借りずに自分たちで満足のうどんを打ち上げました。感想は「それはもうバッチリ。」だそうです。「今度は家でもやってみよう。」という生徒も多かったようです。
学校から地域に出かけて、調べ学習をおこないました。このことは生徒たちの学習や地域に対する興味関心を高めることにつながりました。地域性と学校の特性を活かせるようにソバやうどん打ち名人に登場してもらい教えてもらったことは、学校と地域の双方向の活動となったと考えます。やはり、生徒たちの目の輝きは違っていました。アンケートを活用することで、学校外の人を含めたゆるやかなネットワークをつくり情報交換がおこなわれることも、今回の6年生の活動の結果気づいたことでした。東小では一年間の総合的学習のまとめとして各班ごとの冊子をまとめ、今年の活動を振り返るとともに、来年度の総合的学習に活かしていきたいと考えています。
(東村立東小学校教諭 高橋直樹)
発掘調査で見つかった中世の人々の遺物をもとに、石臼を使って、穀物栽培と加工と歴史を結びつける学習の手伝いをさせてもらいました。素朴な疑問や体験から出発して、知のつながりが形成されるところが食と農の魅力だという考えがあります。授業は、実物や体験を通して本物を扱うことで深みのあるものになります。その意味でモノを扱う考古学とは相性がよいはずです。総合学習をはじめ授業のアイディア探しに、遺跡から見つかる埋蔵文化財を活用すると学習に広がりや深まりが見られるのではないでしょうか。
こんな話もあります
県内産コムギ100%の「パン」と「うどん」が学校給食に登場しました。うどんに焼きまんじゅうは群馬の名産。群馬県は全国でも有数のコムギ生産県。その理由は、1108年に噴火した浅間山の噴火被害にあったともいわれています。軽石や火山灰がそれまでの水田地帯を埋め尽くしたのです。そこで乾燥する畑地に強いコムギがたくさん作られるようになったという話です。
浅間山の噴火は、このHPにも詳しく掲載されていますので、参考にしてください。
(県では2002年度、食農教育モデル校を22校に拡大する)と報道されています(2002.1.25上毛新聞)。総合的な学習の時間には、年間を通して農業体験に取り組む食農教育の充実が期待されています。食農教育のうち「農」は農業学習にだけにせばめられていくと意味合いが薄くなるといいます。
「農」は工業にも、いろんな景観にも、歴史にも、民俗にも大きく膨らんでいくものだと考えます。リサイクル化された江戸時代の農業や現在に至るまでの埋蔵文化財から見つける農業の歴史には多くのネタが揃っています。一緒に教材づくりに取り組みませんか。
(主任調査研究員 関 俊明)

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